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3月23日、NHKホール。Mr.Childrenがこの会場でワンマンライブを開催するのは彼らの25年という長い歴史の中で見ても初めての事である。1週間前にボーカル桜井和寿の風邪が原因で名古屋でのライブが中断。三重公演は延期され、このNHKホール公演も無謀なものだと思われていた。しかし筆者が観た『Mr.Children Hall Tour 2017 ヒカリノアトリエ』NHKホール公演はそんな心配も野暮に思えるほど、音楽の愛に満ち溢れた素晴らしいものであった。このブログではその会場の雰囲気を少しでも読者の皆さんにお裾分けできたら幸いである。

Mr.Children Hall Tour 2017 ヒカリノアトリエ
2017.03.23 (Thu.) NHK Hall 

  1. お伽話
  2. いつでも微笑みを
  3. メインストリートに行こう
  4. You make me happy
  5. PIANO MAN
  6. Another Story 
  7. クラスメイト
  8. 水上バス
  9. ファイト!(中島みゆき)
  10. 横断歩道を渡る人たち
  11. 口笛
  12. マシンガンをぶっ放せ
  13. fantasy
  14. こころ
  15. ヒカリノアトリエ
  16. Any
  17. 跳べ
  18. 擬態
  19. 終わりなき旅
(encore) 
22.  one two three
23.  花の匂い
24.  足音〜Be Strong 

これまでのMr.Childrenのライブ雰囲気とは違うホールという空間でのライブ。ライブの始まりを待つファンの表情も緊張で強張っているようにも見える。ホール内ではクラッシックのBGMが静かに流れ、ロックバンドのライブという事をついつい忘れてしまいそうになる。開演予定時間の18時30分を少し回った頃、NHKホールの照明が暗転し聴きなれない曲のイントロが静かに響き渡る。照明が最小限まで絞られたステージに桜井和寿(Vo.Gt.)が登場すると会場からは嬉し悲鳴が巻き起こる。桜井が歌い始めたのはMr.Childrenの新曲"おとぎ話"であった。昨年のホールツアー『虹』でもライブの冒頭を飾ったこの曲は、優しいメロディを紡ぐ至高のアンサンブルが非常に心地良い。おとぎ話のような幻想世界に会場はいつの間にか誘導されて行く。 "おとぎ話"に続けて2曲目は"いつでも微笑みを"。更に続けて演奏されたのはアップテンポな"メインストリートに行こう"。ライブでの演奏は1997年の『regress or progress '96-'97』以来となる。派手なアレンジはされず、原曲に忠実な演奏であった。初期の名曲の披露に会場中から手拍子が巻き起こる。色褪せない名曲とは正にこういう事を言うのだろう。

「こんばんは、Mr.Childrenです。あー、いいなぁ東京」という桜井の挨拶にファンは「おかえり‼︎‼︎」と迎え入れる。MCではMr.Childrenが今この時期にホールツアーをやる意義を語った。「25周年を前にして何かやり残したないかと考えた時にホールツアーやってないよねってなって。ホールツアーやらないと大人になれないと思った(笑)」Mr.Childrenはデビューして間も無く大ブレイクを経験し、ライブ会場の規模もホールクラスを吹っ飛ばしアリーナ、スタジアムと駒を進めて行った。言わば少し異色な経歴で歩み始めたMr.Childrenは25周年という節目を迎えて、やり残したホールツアーを行う事でいつかの未練を果たそうとしている。そして今回のホールツアーはドームや スタジアムで行ってきたような同期を取り入れた壮大なバンドサウンドでの演奏ではなく、全て生演奏で構築するという挑戦でもあったようだ。

4曲目の"You make me happy"ではアコーディオン奏者である小春(チャラン・ポ・ランタン)が美しく彩りを加えていく。SUNNY (Key.Cho.)の軽快なキーボードが5曲目の"PIANO MAN"を奏でると、それに呼応するかのように桜井も気持ち良さそうにステップを踏む。中川敬輔(Ba.)のベースが心地よく響く"Another Story"。鈴木英哉(Dr.)のドラムもドームスタジアムのライブで見せるような力強いサウンドとはまた違った、優しく寄り添うようなドラムを響かせる。そこに山本拓夫(Sax)とicchie (trumpet)が加わるとMr.Childrenのサウンドはサポートメンバーを含めた8人で絶妙なアンサンブルを構築し、温かな包容力で会場を呑み込んでいく。7曲目の"クラスメイト"では8人編成を最大限に活かした見事な仕上がりで、特に田原健一(Gt.)のギターソロが素晴らしいアプローチを魅せてくれる。

 ここからは桜井以外のメンバーがステージを去り、1人での弾き語りが始まる。「我々Mr.Children、今年デビュー25周年でございます。よく色んな方から『大御所』とか言われるんです。大御所って言うと演歌界で言う所の北島三郎さんみたいな……あの方が大御所だと僕は思う。僕らはそこまで行ってない(笑) 僕らは山本譲二クラス(笑)」と会場を和ませる桜井。そして桜井は作曲作業について語った。どうやら桜井にとって音楽制作とは"夢占い"に似てるらしい。意識的に作るのではなく、何処か無意識の次元でメロディが浮かぶのを待つという感覚らしい。凡人の筆者からしたら理解し難い感覚ではある。

アコースティックギターを手に持ち弾き語り始めたのは"水上バス"。アコースティックギターの優しく弾かれた弦が奏でたサウンドが何処までも美しく澄み渡る。曲の途中途中で桜井本人による「水上バス」の面白おかしい楽曲解釈が挟まれる。 自分で自分の楽曲を分析できるのはどうやら桜井曰く25周年のキャリアのお陰らしい(笑)

日常を切り取る歌を作らせたらこの人に敵う人はいない、と桜井が前置きして弾き語り始めたのは何と中島みゆきの"ファイト!"。中島みゆきの声で歌われるからこそ壮大に響く名曲を、桜井はさも自分の曲かのように華麗に歌い上げる。ワンフレーズ歌うと、弾き語りは"横断歩道を渡る人たち"に。独自の視点で切り取られた日常の風景が淡々と語られていく。

他メンバーがステージに戻り、演奏されたのは"口笛"。ファンの大合唱はこの曲が如何に愛されているか痛感させられる程温かなものであった。ホール演奏という表現空間をMr.Childrenは完全に我が物にしていた。会場中のクラップを巻き起こしながら"掌"が披露されると、ノンストップで"マシンガンをぶっ放せ"。21年前に世にぶっ放された社会風刺だが、恐ろしい程タイムリーに現代に突き刺さる。先ほどまで温かみのあった小春のアコーディオンが尖ったロックナンバーに乗せられると妖しい音色に変わって行く。14曲目の"fantasy"では8人の阿吽の呼吸で放たれた音楽たちが肉体も精神も超越した次元で昇華して行く。

SUNNYのピアノが"蒼"のイントロを弾くと、そこに桜井が丁寧に歌を乗せていく。あまりの美しさに酔っていてると、それに続けて披露されたのは新曲"こころ"。ゆったりとしたバラード調ではあるが"こころ"と言う曖昧且つ強大な存在をテーマとし、その輪郭を忠実に切り取った名曲である。新曲であるにも関わらず、身体が何の抵抗もなく音楽を受け入れて行くのはMr.Childrenのマジックとしか言いようがないだろう。

「大事な出会いが多ければ多いほど人の心は豊かなものになっていく」"こころ"ができた背景を語った。桜井が"こころ"と向き合って出てきた答えは実にシンプルなものだが、これを今のMr.Childrenが歌うことに意味があるのだと筆者は感じた。続けて演奏されたのはこのツアーのツアータイトルにもなっている、新曲"ヒカリノアトリエ"だった。"ヒカリノアトリエ"とは桜井がMr.Childrenとサポートメンバーを合わせた8人につけたバンドの名称である。当初は『Mr.Children、ヒカリノアトリエで虹の絵を描く』という長いバンド名だった。だがこれだとあまりに長いため『ヒカリノアトリエ』となったという。イントロと共にステージのミラーボールが黄色い閃光を放つと、その美しさに圧倒された。《過去は消えず 未来は読めず 不安が付きまとう》誰もが抱えるそんな気持ちを高らかに歌い上げ、彼らは新しい虹を描こうとしている。この"ヒカリノアトリエ"はこれからのMr.Childrenにとっての指標のような存在になっていくのだろう。

"ヒカリノアトリエ"の余韻に浸る間も無く"Any"のイントロが鳴り響く。《今 僕のいる場所が 探してたのと違っても 間違いじゃない きっと答えは一つじゃない》オーディエンスは人差し指を立て、頭上で突き上げる。Mr.Childrenが25周年を目の前にしてホールツアーを開催した事。そのツアータイトルが『ヒカリノアトリエ』だったという事。それらは決して間違いじゃない。きっと答えは一つじゃない。"Any"という紛れもない名曲は特別な意味を持ってホールを震わせた。

本編もいよいよラストスパートに入る。これまたご無沙汰の演奏となる"跳べ"。会場が拍手喝采で包まれる中、田原がオーディエンスを煽るように"擬態"のイントロを奏でるとファンの興奮のボルテージは一気に上がっていく。本編ラストを飾ったのは"終わりなき旅"。サポートメンバーはSUNNYのみが残り、Mr.Childrenと5人編成で披露された。この曲はやはり凄い。それに尽きる。これから何度も似たニュアンスの発言をして行くと思う。"終わりなき旅"は単なる応援歌ではない。そして決して綺麗事が詰め込まれている訳でもない。そこにはリアリティとドキュメンタリー性が凝縮されているのだ。そしてあの時、あの場所で聴いた"終わりなき旅"は25周年へ迷いなく進む決心のようにも聴こえた。

アンコールで再びメンバーがステージに登場。メンバー紹介では桜井が意図的に鈴木英哉の紹介を省いたりと会場を笑いに包み込んだ。アンコールの1曲目は"one two three"。ワンマンでの演奏はこれが初めてとなる。原曲の最後はアントニオ猪木の引退する際の語りが組み込まれているのだが、ライブではその部分をまさかの鈴木英哉が担当し、会場が沸いた。そして鈴木のコールで「1!2!3!ダーーーー!!!」と会場が一丸となって声を張り上げる。なんで今までライブで演奏されなかったんだろう、と思わず首を傾げてしまう。一転してアンコールの2曲目は美しく切ないバラード"花の匂い"。ステージに装飾された裸電球と、スクリーンに映し出された映像が見事な幻想空間を作り上げた。

「きっと誰かがあなたの背中を見ています、きっと誰かがあなたの歩むその一歩一歩を、その足音を聞いてます。最後にこの曲をお届けします」そう言って届けられたのは"足音〜Be Strong"。3年前にMr.Childrenが響かせたこの力強い足音は、この3年間でまた違ったニュアンスを育んだようだ。3時間に及んだMr.Childrenのおとぎ話は最高の締め括りを迎えた。

ライブを終えたMr.Childrenメンバーの表情は穏やかで満足したものであった。こうして彼らはやり残したホールツアーという未練を回収して行くのだろう。心配されていた桜井の喉も完全に復活していた。1週間前に風邪をひいていた人間とは思えないほどストロングな歌声であった。復活のNHKホール公演。素晴らしいものであった。Mr.Childrenは音楽的に見ても、邦楽界隈から見ても紛れもないモンスターバンドである。ただ当の本人達はその看板にぶら下がったり甘えたりは決してしない。何処までも貪欲に音楽を作り続けるだろう。今年でデビュー25周年を迎えるMr.Children。肥大したモンスターは終わりなき旅をこれからも続けて行く。(やまだ)