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  大事件だ。昨日12月20日より主要音楽ストリーミングサービスでサザンオールスターズの全楽曲が一斉に配信が開始されたというニュースが飛び込んできた。1978年に“日本語ロック”のフォーマットを根底から覆した「勝手にシンドバッド」で衝撃のデビューを果たし、それ以降「いとしのエリー」「真夏の果実」「TSUNAMI」などのヒット曲を連発し、幅広い世代から支持を集めるサザンオールスターズ。昨年の『第69回 NHK紅白歌合戦』に出場した際は北島三郎や松任谷由実を巻き込んだパフォーマンスでデビュー40周年のアニバーサリーイヤーを締め括った。

  海外では音楽市場の主流となっていたストリーミングサービスが日本でも本格的に機能し始めたのはつい最近の事のように記憶しているが、ここ数年でストリーミングサービスは凄まじい勢いで日本音楽市場への浸透を見せている。今年だけでもSEKAI NO OWARI、Mr.Children、スピッツ、星野源、嵐などと言った多数の人気アーティストがサブスクリプション解禁へ面舵を取っておりサービスの拡大は止まらない。そんなサブスクに我らがサザンオールスターズが満を辞して進出する。サザンだけでは無く各メンバーのソロ作品も含めた全150作、972曲がサブスクの大海へと迸出される。無論、重複曲もあるが思わず身構えてしまう程に膨大な曲数である。この記事ではサザン名義の楽曲をフィーチャーし、独断と偏見でカテゴライズし紹介して行こうと思う。このブログを読んだ方々が「サザン聴いてみよっかな」と少しでも興味を持って頂けたら幸いである。


サザンが生んだ数多のヒット曲たち

海のYeah!!
2018-08-06


  




  ブログの冒頭でも述べたようにサザンオールスターズはデビューから現在に至るまでコンスタントにヒット曲を生み出してきた稀有なバンドである。桑田佳祐自身41年にも及ぶキャリアの中で最大のヒット作となった「TSUNAMI」(2000) 、人気テレビドラマの主題歌としても有名な「いとしのエリー」(1979) や「涙のキッス」(1992) 、「エロティカ・セブン」(1993) 、厳密に言えばサザン名義ではないのだが圧倒的な人気を誇る「希望の轍」(1990) 、若き頃の桑田が自ら監督を務めた映画の主題歌「真夏の果実」(1990) 、発売以降様々なタイアップに起用されている「東京VICTORY」(2014) など、きっとサビを聴いただけで「あぁ〜」と馴染みのあるメロディラインに嬉々とする筈だ。これらの楽曲はサブスクでも解禁されているベスト盤『海のYeah!!』(1998) と『海のOh, Yeah!!』(2018) で全て網羅できる。サザンの入門編と言っても過言ではない画期的なベスト盤だ。

(サザンオールスターズ「いとしのエリー」)


夏だけじゃない!四季折々の風情を醸すサザンの楽曲たち

海のOh, Yeah!! (完全生産限定盤)
サザンオールスターズ
2018-08-01


  サザンオールスターズというバンドに定着している「夏バンド」というパブリックイメージを否定するつもりは全く無いが、夏に留まらず四季折々の風情を感じさせる楽曲が数多く存在するのも彼等の魅力の1つである。夏のお祭り男というイメージが強い桑田だが、当の本人は夏という季節を嫌っており、四季の中では春が一番好きだと公言している事からスプリング・ソングである「彩〜Aja〜」(2004) は一聴する価値があるだろう。春に揺れ動く心の機微を切なく歌い上げたラブソングであるが、同年の3月に桑田の実父が亡くなったという背景を知るとこの曲のサビを締める《もう二度と逢えないと 知りながら涙》というフレーズが全く違う聴こえ方をしてくるだろう。その他にも「OH,GIRL(悲しい胸のスクリーン)」(1990) や「湘南SEPTEMBER」(1998) では夏の残り香を漂わせながらもセンチメンタルな秋を歌い「シャ・ラ・ラ」(1980) 、「CHRISTMAS TIME FOREVER」(1992) 、「クリスマス・ラブ(涙のあとには白い雪が降る)」(1993) 、「LONELY WOMAN」(2004) では王道のクリスマスソングを歌う。桑田佳祐が歌うクリスマスソングとしてかの有名な「白い恋人達」(2001) は桑田佳祐のソロ名義でリリースされた楽曲である。

(サザンオールスターズ「彩〜Aja〜」Music Video)


カラオケで歌ったらドン引きされるサザンの“エロい”曲たち



  正直に言うと僕はサザンや桑田佳祐の楽曲を聴いて「エロい」と思ったことは一度もない。幼い頃から浴びるように聴いてたせいでその辺の感覚が完全に麻痺っているらしい。中学生の頃にカラオケで「マンピーのG★SPOT」(1995) を歌った時に一緒にいた同級生が絶句しているのを見て「あ、これアウトなんや」と初めて気づかされたレベルである。こんな具合で桑田佳祐が歌う楽曲の題材に“セックス”は切っても切れない関係性にある。良く言えば実に官能的で悪く言えば下品なのだ。現在のメンバーが顔を揃える前から存在する「女呼んでブギ」(1978) では初っ端から《女 呼んで もんで 抱いて いい気持ち》と歌い、「Let's Take a Chance」(1981) では桑田らしい言葉遊びを交えながら男の情けない性事情を歌う。またサザン屈指の最低ソングとして名高い下ネタレゲエ「来いなジャマイカ」(1982) は歌詞が卑猥すぎて歌詞カードにも掲載されないほどである。

  ユーロービート調のグルーヴにラップが交わる先鋭的なファンク「シュラバ★ラ★バンバ」(1992) 、打ち込みを主体に激しいホーンセクションが鳴り響くロック歌謡「エロティカ・セブン」、長期休養していた関口和之の復帰作かつサザン屈指のハードロック「マンピーのG★SPOT」という3曲は桑田佳祐曰く“エロス三部作”とされているのだが、これらの楽曲に共通して言えるのはエロスよりも先に精巧に作り込まれた楽曲の質感に度肝を抜かれてしまう点だ。また近年だとサザンらしいエロソングとして「天国オン・ザ・ビーチ」(2014) が挙げられる。

(サザンオールスターズ「天国オン・ザ・ビーチ」Music Video)


社会の暗部を暴くサザンの風刺曲たち

さくら
2018-08-06







  何と言ってもサザンオールスターズの凄みは「国民的バンド」という常にマスに晒される存在でありながら、容赦なく世相を風刺する楽曲を世に出し続けている所だ。メディアの中で忙殺とした日々を送っていた頃の悲痛な嘆き「働けロック・バンド (Workin' for T.V.)」(1980) や華々しいアニバーサリーイヤーの裏側をシニカルに歌う「おいしいね〜傑作物語」(1988) などの業界風刺。流行に流されやすい女性達を皮肉った歌詞が綴られる「ミス・ブランニュー・デイ」(1984)。テレビゲームに耽溺する子供達を揶揄した「Computer Children」(1985) とその延長戦上でネットメディアの陰影部に切り込む「01MESSENGER〜電子狂の詩〜」(1997)。プロテストソングとしての側面を垣間見る「政治家」(1990) 、「爆笑アイランド」(1998) 、ピースとハイライト」(2013) 。現代社会を憂いた「ニッポンのヒール」(1992) 、「汚れた台所 (キッチン)」(1996) 、「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」(2018) など、サザン名義の楽曲に絞ってもとても書き切れない。

  こうしたメッセージ性の強い社会風刺を歌うサザンだがそれは同時に、そんな社会に生かされている桑田自身への卑しめと慰めのように聴こえるのは僕だけだろうか。「私の世紀末カルテ」(1998) はその象徴とも言える楽曲で、鬱屈とした世紀末模様をシニカルに歌っているようで、終始吐露されているのは世紀末に打ち拉がれる男の孤独な嘆きだ。桑田佳祐という人間は何処までも一貫して“風に戸惑う 弱気な僕”なのだと痛感させられてしまう。

(サザンオールスターズ「闘う戦士(もの)たちへ愛を込めて」Music Video)


“作詞家・桑田佳祐”の才能が光る『世に万葉の花が咲くなり』の曲たち
  ほぼ全ての楽曲の作詞を務める桑田佳祐の卓越した言語能力というのは筆舌に尽くし難いものがある。デビュー曲である「勝手にシンドバッド」(1987) の1つをとってもその革新的で諧謔的な作詞は衝撃そのものだ。それを桑田は早口の巻き舌で捲し立てる歌唱で昇華してしまうのだから如何にこのバンドの存在自体がエポックメイキングだったか分かる。

  初期の頃は「歌詞の意味はどうでもいい」という認識だったという桑田だが、サポートミュージシャンの小倉博和や藤井丈司が連れてきた小林武史との合流で歌詞が一気にブラッシュアップされていく。KUWATA BANDや90年代初期の作品を担当したエンジニアの今井邦彦が桑田に辞書を貸したら色んな所に赤線が引かれて返ってきたと語っている程だ。

  数多くあるサザンのアルバム作品の中から本稿では個人的に桑田の作詞家としての才能が光っていると感じる『世に万葉の花が咲くなり』(1992) というアルバムを推していきたい。桑田佳祐のソロ・アルバム『Keisuke Kuwata』(1988) や原由子のソロ・アルバム『MOTHER』(1991) を完成させた桑田佳祐と小林武史という2人の才能がサザンオールスターズという大風呂敷でも最高な形で機能した傑作である。当時は今以上に歴史の浅かったJ-POPの万葉集をサザンは編もうとしていた。「せつない胸に風が吹いてた」(1992) 、「シュラバ★ラ★バンバ」、「慕情」(1992) 、「ニッポンのヒール」、「HAIR」(1992)、「亀が泳ぐ街」(1992)…… そこに桑田佳祐が必要とした珠玉の言葉たちを味わって頂きたい。

(Bank Band「慕情」from ap bank fes'09)
※YouTubeにはサザン本人が歌唱するオフィシャルな動画が無いのでBank Bandが「ap bank fes」で披露したカヴァーを貼ります。すみません。


桑田佳祐だけじゃない、サザンオールスターズが持つ様々な歌声



  サザンオールスターズの魅力は桑田のみならず野沢秀行を除いたメンバー全員(元メンバーの大森隆志も含める)がメインボーカルを取れるというバンドの柔軟さにあると思う。あなたがサザンの楽曲を聴き漁ってる最中に「あれ、桑田さんってこんな声だっけ?」と首を傾げる事があればきっとそれは桑田以外のメンバーがメインボーカルを務めた楽曲であろう。こうした楽曲の存在はサザンの作品に新しい風を吹き込みながら、同時に癖の強い桑田ボイスの中和剤として作用しているのだ。

  キーボードの原由子がボーカルを務めた楽曲として「私はピアノ」(1980) 、「流れる雲を追いかけて」(1982) 、「そんなヒロシに騙されて」(1983) 、「鎌倉物語」(1985) など、近年では「人生の散歩道」(2013) 、「北鎌倉の思い出」(2018) が挙げられる。桑田とは対照的なハイトーンボイスの持ち主であるドラマーの松田弘がボーカルを務めた楽曲には「松田の子守唄」(1980) 、「翔 (SHOW) 〜鼓動のプレゼント」(1982) 、「君に贈るLOVE SONG」(1996) 、「夏の日のドラマ」(1999) などが挙げられる。その才能を桑田から「異常」と評されるベースの関口和之はその朴訥とした人柄が滲み出る優しい歌声が印象的だ。「ひょうたんからこま」(1980) 、「ムクが泣く」(1981) 、「南たいへいよ音頭」(1983) 、「最後の日射病」(1985) などでボーカルを務めている。


長く続いたセールス低迷期を物語るプログレに傾倒したサザンの曲たち



  日本音楽業界にCD不況の足音が近づいてきたのは90年代末期の事だが、サザンオールスターズというビックバンドを持ってしても時代の波には逆らえなかった。アルバム『Young Love』(1996) のメガヒットから2年、サザンにとってデビュー20周年にも当たるこの年は不倫を歌った「LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜」(1998) のヒットで好調な滑り出しを見せ、企画盤『海のYeah!!』でも爆発的な売り上げを記録し、今作を引っ提げて開催された渚園では2日間で10万人を呼び込み“みんなのサザン”をやり遂げた。
  
  渚園の単独公演がソフト化された際に撮り下ろされたインタビューで桑田佳祐が「CRY 哀 CRY」(1998) 、「Computer Children」、「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」という3曲に対して「今後のサザンの可能性を示している」という趣旨の発言をしていたが、サザンがこの年に発表した『さくら』(1998) というアルバムは正しく桑田が語っていた“可能性”を具現化した1枚となった。結論から言うとこのアルバムはあまり売れなかった。当時レディオヘッドのライブに足を運ぶほどに彼らの音楽を聴き込んでいた桑田のモードがハード・ロックやプログレッシブ・ロックに傾倒していく蓋然性は比較的に高かった。

  夏を爽やかに歌うバンドというサザンがデビューから連綿と築いてきたバンド像を度外視し、やりたい事をやり尽くした結果が『さくら』という異色作である。またアルバムツアーの開催に伴って制作された「イエローマン〜星の王子様〜」(1999) の音像は『さくら』に据えながらよりカオスな仕上がりを見せている。このシングルも売れたとはお世辞にも言えないが、この翌年に自らに訪れる「TSUNAMI」のビッグウェーヴを知る由もないサザンが見せたマイノリティーの側面は一聴の価値がある筈だ。


まとめ

  サブスクリプション解禁を受けてサザンオールスターズのディスコグラフィーを冗長な文章で綴ってきたが、このバンドが持ち合わせる多面性は何となく理解して頂けたであろうか。それでも本稿ではサザンが僕らに見せる側面の極一部しか捉え切れていないのが事実だ。このブログではサザン名義の楽曲のみをセレクトしたが、桑田佳祐の課外活動とも呼べるKUWATA BANDやソロワークスの作品群との紐帯を確認することもまたサザンの音楽への理解を深める為には踏襲すべき重要な過程である。

  今回のサブスクリプション解禁で確実にその裾野を広げたサザンオールスターズ。この意義はあまりにも大きい。日常的にサブスクリプションサービスの恩恵を受けている音楽リスナー達よ、これを有効活用しない手はないだろう。サザンオールスターズの膨大な楽曲量から浮き彫りになる40年間の年輪は昭和、平成、令和で移り変わったこの国の音楽シーンそのものなのだから。(やまだ)