こんにちは、山田です。
今日のブログでは初の映画レビューでもしようかなと思います。以前『君の名は。』のブログを書きましたがあれはあくまでRADWIMPSの音楽中心だったので。
今日ご紹介する映画というのは2013年に公開された島田大介さん監督の『ただいま。』という短篇映画です。公開終了後もしばらくはDVD化される事がなく諦めていたのですが、ついに3年の時を経て今日から数量限定でDVDが先行発売となりました。素敵で考えさせられる作品だったので色々な想いを抱えながらブログを書かせていただきます。
映画『ただいま。』について
映像作家で写真家の島田大介さんの初監督映画で、2013年9月28日から10月4日までシアター・イメージフォーラムにて公開されました。震災や原発というデリケートな 問題を抱えてる地域を舞台にしているため、普段制作しているCMやMVや商業制作ではなく自主制作という手段が用いられています。主題歌には島田大介さんと深い交流のあるRADWIMPSを迎えたものとなっています。
STORY
2011年3月11日の東日本大震災で親を亡くし長野県に移らざるを得なかった
高校生のスミレ(小松菜奈)は心の整理の為に家族と共に育った南相馬市に行こうと決心する。自営で内装業を営んでいるがあまり仕事がなく新宿をフラフラしていたチマト(宇野祥平
)の前に突然スミレが現れ2人の南相馬までの旅が始まる。興味本位で始まった旅だがチマトは初めて被災地に訪れて見た景色を通して気持ちが変化していき人として生きる意味をスミレと共に探していく。
あらすじからも分かるように登場人物は2人の男女。震災で親を失った女子高生と仕事があまりなくフラついてる男です。ストーリーは至ってシンプルで言い方は雑ですが非常に分かりやすいです。映画自体は26分とかなり短いのですがその短さも感じさせないくらい引きこまれる作品でした。 いや、あの短さだったからこそこの作品は映えたのかもしれません。
小松菜奈さんと宇野祥平さんというこの2人の物凄く自然な演技は映画というより一つのドキュメンタリーを観ているような気分になりました。撮影は被災地で行われたみたいで瓦礫の山には胸が痛みました。撮影当時はまだ震災から2年という一向に進んでいない復興をこの映画を通して感じました。
MUSIC
エンディング曲はRADWIMPSの「ブリキ」という楽曲。2013年の3月11日にYouTubeにて突如発表されたこの曲はボーカルの野田洋次郎さんが震災から2年という時期に書き下ろしたもの。ミディアムテンポなナンバーで優しいメロディと歌声が印象的な1曲となっています。その曲のMUSIC VIDEOの映像を島田大介さんが担当していて、その他にも多くのRADWIMPSのMVを島田大介さんが手がけています。交流が深いのでこのタッグも必然かもしれません。この楽曲の「おかえり」という歌詞に対するアンサーがこの映画の『ただいま。』にも繋がってる気がして妙に響きます。後でリンクを貼るので良かったら聴いて見て下さい。
"あの日"
この映画は何を伝えたかったのでしょうか。震災後に何度か被災地を訪れた島田大介さんが感じたものがこの映画を作るきっかけとなり、進まない復興、風評被害に震災の風化……被災者の方々が抱えているそういった想いに対する都会の若者の認識の低さを危惧して映像表現者として形にできる事はないかと模索した結果、この『ただいま。』という作品になったみたいです。島田大介さんはこの作品を通して警告を出して下さったのかもしれません。僕もこの映画をみてハッとさせられました。被害地の現状、消えない悲しみや生きる意味への疑問。あそこで描かれた物語が震災で被害にあった方々の数にだけ存在する。『ただいま。』はそんな悲劇の一コマに過ぎないのだと痛感しました。
大震災から5年半。
僕は決して"あの日"を風化させてはいけないと思っています。ただその思いとは裏腹に東京暮らしの日常で"あの日"を回顧する機会が少ないのも事実です。いつの間にか"あの日"を"過去"にしてしまっている自分がいます。この『ただいま。』が今一度真剣に向き合うきっかけとなってくれました。スミレとチマトに心境の変化があったように、第三者である僕にも心境の変化がありました。
映画の鑑賞後、無意識に南相馬市の現状をネットで調べていました。復旧作業は進んでるみたいですが除染作業の問題はまだまだ続くみたいです。津波の被害は未だに街に残っていて今後取り壊しとなる住宅が1000軒以上あるらしいです。そして原発による放射能の問題もあります。街には立入禁止のフェンスで閉ざされた箇所もあり写真からでも復興の難しさを痛感しました。人が暮らす「日常」が「非日常」へと一瞬で変わってしまうことへの漠然とした恐怖はあの震災で誰もが感じたことではないでしょうか。
被災地が被災地でなくなる日がいつかは来るのでしょうか。被災者の方々が「ただいま。」と言える日は来るのでしょうか。すごく難しいことだと思います。情けないですが僕にはこのように回顧することしか出来ません。365日で"あの日"を思い返す日が果たして何日あるでしょうか。
「一年前から、どれだけのことが変わったんだろ。たくさん変わったようで、何も変わってない気がする。毎日を日々こなして、自分と世界を新しくしていくのは大事だけど、
この日くらいはただただ思いだす日でもいい気がする」
RADWIMPS、野田洋次郎さんの言葉です。この言葉に共感した島田大介さんが映画の主題歌を依頼したと言います。この言葉でいう「この日」は3.11のことですが僕にとっては今日がそんな日になった気がします。そんなきっかけをこの『ただいま。』が作ってくれました。ありがとうございます。
1人でも多くの方々に見てもらいたい映画。あの震災を経験した人でもあの震災を知らない人でも関係なく見てもらいたい映画。忘れかけていた大切なものを思い出させてくれる映画。そんな作品がこの『ただいま。』のような気がするのです(やまだ)
映画『ただいま。』公式サイト
【予告編】『ただいま。』YouTube
RADWIMPS「ブリキ」Music Video
コメント
コメント一覧 (10)
少し前から山田さんの
Twitterとブログを拝見させて
もらっていて、Twitterでもブログでも
山田さんの言葉は柔らかいけれど
深く響くものがあったり、鋭いものも
あったりと良い意味で不揃いで素敵だなと
個人的に思っています。
ずっと山田さんの
Twitterでもブログでも
何かを言いたいと思いつつも
相当な程の小心者な私で一つも言えなくて、
でもそれを言い訳にして自分自身を
億劫にしてしまっていたので、
今日こそ言ってみようかと思い
山田さんのブログの記事の中でも
特に気になっていて何度も読み返した
ただいま。という記事についてのコメントを
不器用ながらではありますが私なりの
想いをここに置かせて下さい。
ただいま。は、気になっていました。
それでも予告を見るだけで胸が
詰まって詰まって精一杯でした。
ここで勝手ながらで本当に申し訳ないのですがあの日の私の話をさせて下さい。
私も5年前の、震災を経験した一人です。
強い揺れに耐えられず
次々と足元から入っていく亀裂
今にも倒れそうな隣の電信柱
どこから流れているのか分からない
サイレンの音、逃げろ逃げろ、危ないと
ひたすら叫ぶ人
これでもかと思うほど視界を曇らせる吹雪。
当時13歳の私にとっては
あまりにも大きな出来事で
初めて自分の頭の中に死という
文字がくっきりと形になって姿を現すように
浮かび上がってきたことを今でも忘れないです。忘れたい時もあります。
数字の中で生きる自分がどこかに
居ながら今日もここまで生きてきて
いるのですが、ただいま。の予告の
1分29秒の世界はまさにあの日に限りなく
近いものでした。本当に近かった。
その世界に潜ったでも吸い込まれたでも
なくて、大袈裟かもしれませんが、
もうそこにいるのかもしれないとさえ思いました。
RADWIMPSのブリキという名前の曲。
私も何度か聴いていて
いつも最後の、またね またねで
ああ、そうかそうなんだと何とも
言えない言葉で表現するには難がある
それくらいの何かに浸ってしまいます。
それが悪いわけでも、でも良いというのも
何か違っていて。難しいです。
この楽曲の「おかえり」という歌詞に
対するアンサーがこの映画の『ただいま。』
にも繋がってる気がして妙に響きます。
という文章が私の中でずっと
引っ掛かっています。
ただいま。を観たい。
でも。怖い。どうしよう。
観たくて触れたくて
でも、観れなくて触れられなくて
という瀬戸際に今でもいて
そんな時に山田さんのこの記事に
辿り着きます。
いつか、でも、怖い。の後に
それでも、観たいという言葉が来て
気持ちが繋がるのかな。どうなのかな。
それは山田さんのこの記事を見て思う
ことの一つでもあります。
私の中では、あの日の記憶がどんどん
濃く日々を過ごしていても、
高台から見える海はきれいに見えます。
晴天の時も多少曇りの日でも。ちゃんと見えます。
見るたびにやっぱり正直な感情が
込み上げてきます。悲しい悔しい憎い。
どうして、なんで、どうしてなの。
そう想ったって海を見つめる自分の
視界が滲んだって何も見えない何も変わらない。
もう会えない人は逢えないんだ。
それなのに逢いたいという文字は、
気持ちは、会いたいに変わらない。
被災地と言われる場所で
今もなお生きている私でさえ
時々、被災地ってなんだろう、
被災者ってなんだろうとふと漠然と
疑問を抱くことがあります。
山田さんはこの記事で
あの日に対して
情けないですが僕にはこのように
回顧することしか出来ませんと
綴られておりますが
私は山田さんのこのブログで
この記事で山田さんの言葉で
またあの日に何かを想い返します。
きっとそれは
私だけではないはずです。
どこでどう生きていようと
人は人を想い人の言葉で
もっと人を想うのです。
正直ずっとコメントをしてもいいのか
迷っていました。私のあくまでも
個人的な想いをここに置かせて
いただいてもいいのかなと。
不快感を与えてしまったらとか、
こんなにも素敵なブログに私のコメントを
置いてしまったら、なんかなぁとか。
色々と思っていました。
それでも、やっぱり
どうしてもどうしても、
この記事には言いたい言葉が、
たくさん溢れていたので、最初にも
書いた通りで本当に不器用ではありますが
ここに、よかったら私の想いを置かせて下さい。
Twitterもブログも
本当にゆるりとしていて
あったかくて素敵です。
ありがとうございます。
自分でもコメントを
書きながら長くなっているのは
分かってはいたのですが
先ほど一度で送ろうとしたら
文字数の制限が...となってしまい
少しずつ何回か分けて送らせて
いただきました。読みづらいですし
なんだか、申し訳ないです、ごめんなさい。
最後に
素敵なブログをありがとうございます。 (*^^*)
山田さん、
お返事ありがとうございます。
山田さんからの
一つ一つ温かく優しい
言葉が胸にそっと響きました。
何度も読み返しました(気持ち悪い意味じゃない方です)。
コメントを送った後に
読み返したら誤字も多いし
纏まりもなければ改めて長文すぎるし
置かせて下さいと自分で書いておきながら
本当によかったのかな、置いていいのかな
置いちゃったけれど等々、色々思っていた
部分があったので山田さんからのコメントの
お返事を読んで私も素直に嬉しかったです。
何年経っても癒えぬ生傷は
横たわっていたり、時には同じように
痛み出すときもあります。
それでも現実であってほしくなかったこと
どうして自分は生きているのか分からなくなること
あの日生きていた人たちがちゃんといたこと
何度もあの日に問いかける自分がいること
それでも今、生きていること
全部、全部、ちゃんと
形として抱きしめて歩いていきたいです。
なんとなくではありますが
5年半を通してあの日を乗り越えるのではなく
受け入れて生きていこうと思えるようになりました。少しだけ、ほんとうに少しだけですが。
東北ではないどこかでも
形として残そうとしている人がいること
それが、また形として残っていくこと
山田さんが、その一人であったこと
私は、それが嬉しかったです。
コメントのお返事が遅くなったこと
申し訳ないなんて思わないで下さい。
あんな長ったらしい
へんてこになってしまった
コメントを最後まで読んで下さって
本当に本当にありがとうございました。
これからも同じ音楽が好きな人の
一人として山田さんの言葉は次は
どんな風に積まれて綴られていくのだろうと
ひっそりと楽しみにさせてもらいますね。