桑田佳祐が、9月18日の宮城 セキスイハイムスーパーアリーナ公演を皮切りに全国10ヶ所20公演を巡る全国アリーナツアー『桑田佳祐 LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」』のセミファイナル公演を12月30日に横浜アリーナにて開催した。桑田にとって4年ぶりの本ツアーはこれまで新型コロナウイルス感染拡大の状況に応じて収容人数を制限して行われてきたが、11月19日にガイドラインが変更されたことを受け、各所協議のうえ愛知公演と横浜公演は空席のない状態での開催が実現。とは言え、入場時の検温や会場内でのマスク着用、歓声の禁止など数々の制約を伴う環境でのライブとなった。
本稿では、そんな全国ツアーの横浜アリーナ公演(12月30日)の模様を覚えている範囲内でレポートする。セットリストはもちろん、ライブ演出についても触れるため、ネタバレを避けたいという方はここでページを閉じることをお勧めします。またメンバーのMCが意訳になってしまうことや、注釈付き指定席での観賞だったため正面スクリーンの細部の演出には触れられない点はご了承下さい。
開演予定時間の17時、定刻通りの暗転と共にライブは始まりを告げる。行進曲「威風堂々」がオープニングSEとして流れ、電球色の証明がステ―ジを照らすなかサポートメンバーと桑田佳祐(Vo/Gt)がステージに登場。大きな拍手で迎えるオーディエンスに深々とお辞儀をした桑田は、フルアコースティックギターを肩から下げ、おもむろに「それ行けベイビー!!」(2011年)を弾き語りし始めた。《適当に手を抜いて行こうな/真面目に好きなようにやんな》という歌い出しが、様々な想いを胸に会場に訪れたすべてのファンへの労いにも聞こえる。原曲以上にボブ・ディランへの意識を感じさせる渋いボーカリゼーションで会場を圧倒し、楽曲の後半からバックバンドが合流すると《適当にBIG MOUTHで行こうな/ボチボチNO GUTSでいいじゃん》とツアータイトルを歌詞に組み込んだ替え歌を披露した。因みに「BIG MOUTH, NO GUTS」という今回のツアータイトルは“口先だけの腰抜け野郎”という意味で、他でもない桑田自身のことを指しているという。
ほぼ間髪入れずにギターのストロークからアコースティック・ロッカ・バラード「君への手紙」(2016年)へ。内村光良が原作、脚本、監督、主演を務めた同年公開の映画『金メダル男』のために書き下ろされた本楽曲。《悔やむことも人生さ/立ち止まることもいい/振り向けば道がある》と挫折を繰り返す映画の主人公を鼓舞した歌詞が、今を生きるすべての人々へのエールとして響き渡った。ホーリーなクワイアから披露されたのは、2021年9月にリリースされた初のEP『ごはん味噌汁海苔お漬物卵焼き feat. 梅干し』からツアー発表直前に先行配信された新曲「炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)]」(2021年)。《開演お待ちどうさん/ご来場/大変御足労さん/毎日お疲れさん/ようこそここへ》と“ステージにおけるファンとの再会”を約束した本楽曲が会場のボルテージを一気に高めていく。
「大変お待ちどうさんでございます!ご来場ご足労でございます!毎日お疲れさまでございます!いらっしゃいませ、桑田でございます」と前曲の歌詞で挨拶する桑田。愛知公演から少し間が空いたせいか少し緊張気味な様子が伺える。「新型コロナウイルスも増えるようになってしまいましたが、こんなお寒いなか、再会できて大変嬉しゅうございます。待ってたよー!」とファンとの再会を喜んだ。「じゃあ最後の曲です」という小ボケを挟み、若干フライングでズッコケた斎藤誠(Gt)に「斎藤早いよ(笑)いつもやってるってバレちゃうじゃないか」と桑田がツッコむなど、普段通りの和やかなトークを挟みながらライブ再開。「男達の挽歌(エレジー)」(2007年)、「本当は怖い愛とロマンス」(2010年)、「若い広場」(2017年)といったライブ定番曲を畳み掛けていく。ゆったりとしたアコースティックギターから始まった「金目鯛の煮つけ」(2021年)では、フォーク調のサウンドに会場が心地良さそうに身体を揺らしていた。
「次の曲は“ご当地ソング”として蘇らせてきました。横浜はどうしようかなと色々悩みましたけど今日のために歌詞をしたためて来ました。聴いてください「新YOKOHAMA LADY BLUES ~新・横浜レディ・ブルース~」です」というMCから披露されたのは、「OSAKA LADY BLUES ~大阪レディ・ブルース~」(2011年)の替え歌。《セレブなイメージの横浜だけど/そのほとんどが山と坂道》など桑田らしいユニークなイジリで会場から笑いが起こる。そしてソロ2ndアルバム『孤独の太陽』から「エロスで殺して(ROCK ON)」(1994年)、「こんな流れ者のような生き方に私もちょっぴり……いや大いに憧れています」という紹介から「さすらいのRIDER」(2021年)と、大人の色気を帯びた選曲が続く。そのイントロで会場から拍手が湧き上がった名曲「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」(2011年)では、会場にいた誰もが《現在(いま)がどんなにやるせなくても/明日(あす)は今日より素晴らしい》という歌詞を今一度噛み締めたに違いない。
ここでバンドの演奏に乗せてメンバー紹介へ。スーパードラマーと桑田が絶賛する鶴谷智生(Dr)、桑田ソロ活動には欠かせない存在である角田俊介(Ba)、“歩く音楽辞典”こと深町栄(Key)、ザ・サーフコースターズのリーダー 中重雄(Gt)、桑田とは40年以上の付き合いとなる斉藤誠と片山敦夫(Key)などなど一流のミュージシャンたちが紹介されていく。一通りメンバー紹介が終わると突然のメンバー無茶振りコーナーへ。音楽に造形の深い深町には美空ひばりのデビュー曲を当てるクイズ、大の昆虫好きとして知られる山本拓夫(Sax/Flute)にはカエルの鳴き声を当てるクイズが桑田から出題されたが、両者とも惜しくも不正解という結果に。しかしその健闘ぶりに会場からは温かい拍手が送られた。
「高齢者なので座りながら暗い曲歌っても良いですか?私史上最も暗いと言われるこの曲を」という前置きで披露されたのは、ソロ3rdアルバム『ROCK AND ROLL HERO』より「どん底のブルース」(2002年)。《他人の不幸は蜜の味/俺の本性もそんなとこ》と現代社会に内在する凶暴性、コロナ禍が炙り出した人間の卑しさを憂う歌詞で歌われた。そのダウナーな厭世感を引き継ぐ形で同アルバムに収録の「東京」(2002年)に突入。曲の進行と共に厚みを増していくバンドサウンドに呼応して激しさを増すギターの轟音がエモーショナルにぶつかり合った。「東京」の演奏を終えると再びMCへ。桑田は「今年は“ごはんEP”がお陰様で色んな音楽チャートで一等賞をいただくことができました。今はKing Gnu、Official髭男dism、YOASOBIとか、凄い人たちがいっぱいいて、ああいう高い声は出ないし、ああいう曲は作れないし、色々弱気になることがあったんですけど、皆さんのお陰で自信になりました」とファンへの感謝を述べると、同EPから、ポール・マッカートニー『Ram』を意識したという「鬼灯(ほおずき)」(2021年)、そしてソロ1stアルバム『Keisuke Kuwata』から、桑田流カーペンターズとも言うべき「遠い街角(The wanderin' street)」と、幅広い年代の楽曲が続けて披露された。
ステージ上部に設置されたミラーボールが燦然と輝くなかで演奏されたのは、東京オリンピック民放共同企画“一緒にやろう”の応援ソングとして書き下ろされた「SMILE〜晴れ渡る空のように〜」(2021年)。民放共同プロジェクトという大型タイアップとして、2019年の夏頃には制作されていた本楽曲だが、この2年間という時代の趨勢の中で“プロジェクトのテーマソング”という枠を遥かに超え、期せずしてコロナ禍を生きる人々の胸の内を代弁する曲となった。シンガロングこそできなかったが、オーディエンスが力強く掲げた拳は、この曲がどれだけ多くの人々に寄り添ってきたのかを証明していた。続けて披露されたのは、歌謡曲の土壌を創り上げた阿久悠や筒美京平といった偉大な先達へのリスペクトが凝縮された「Soulコブラツイスト~魂の悶絶」(2021年)。フルバンドで魅せる圧巻のアンサンブル、桑田のパワフルな歌声(前川清のモノマネも挟みつつ)、覆面レスラーの乱入や、ミュージックビデオを彷彿させる紙テープの噴射などお祭り騒ぎの演出で会場を盛り上げた。さらに妖艶なR&B「Yin Yang(イヤン)」(2013年)、間奏の男女の掛け合いを現代風にアップデートした「大河の一滴」(2016年)、KUWATA BAND名義の「スキップ・ビート(SKIPPED BEAT) 」(1986年)を次々にパフォーマンス。ライブでは定番となっているコール&レスポンスは、歓声NGのため桑田とオーディエンスによる拍手のラリーで行われた。本編最後をソロとしてのデビュー曲「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE) 」で締めると桑田は「じゃあ、また逢う日まで元気でね!……すぐ戻るね」とステージを後にした。
アンコールでは、今回のツアーグッズを着用した桑田とサポートメンバーが再登場。桑田は東北をはじめ全国各地で災害が多発したこの1年を振り返り、様々な災害に見舞われた各被災地の復興への祈りを込めて「明日へのマーチ」(2011年)を届けると、続けて桑田佳祐 & The Pin Boys名義の2ndシングル曲「悲しきプロボウラー」(2020年)を披露。桑田が旗振り役となって開催されている「KUWATA CUP」の公式キャラクター“ピンすけ♪”も登場し、会場を盛り上げた。さらに、ヒデとロザンナ「愛の奇跡」(1968年)のカバーをTIGER(Cho)とのデュエットで披露し、後半では田中雪子(Cho)が乱入し流石の美声を響かせる。そして色褪せないサマーチューン「波乗りジョニー」(2001年)ではこの日1番のクラップを誘い、ライブのラストは定番曲「祭りのあと」(1994年)で締められた。
思えば桑田佳祐が東日本大震災のわずか半年後に開催した『宮城ライブ ~明日へのマーチ!!~』から10年。“宮城ライブ”は、桑田自身にとって闘病以降初の本格的なライブであり、震災と病気というそれぞれの有事を経て行われた記念碑的な意味合いを持つ。今回の全国ツアーは、そんな“宮城ライブ”からちょうど10年という節目のタイミングでの開催となった。このコロナ禍で桑田がアリーナ規模の全国ツアー開催を決断した背景には、エンタメ業界の再隆興もあっただろうが、それ以上にこの10年というひとつの節目に“東北”を起点とし、全国のファンに音楽を届けるという音楽人としての意地があったのではないだろうか。何にせよツアー開催に対して相当の覚悟があったことは間違いない。
今回のツアーの発表時に桑田佳祐が寄せたコメントの中で「ホンの少しでも晴れやかなものにするお手伝いが出来れば幸い」と綴られていたが、まさにその言葉を体現するようなライブだった。全力でファンを労い、鼓舞し、時には世相を憂いながらも未来への展望を歌った2時間40分。マスク着用や歓声NGの制約など気にならない“楽しいショー”がそこにはあった。ライブ終了後、桑田は何度も「また来年にお会いしましょう」と口にしていた。今年2022年に桑田佳祐はソロ活動35周年を迎える。どうか次こそは、晴れ渡る空のような“SMILE”で再会できますように。(やまだ)
桑田佳祐 LIVE TOUR 2021「BIG MOUTH, NO GUTS!!」
2021.12.30 (Thu.) 横浜アリーナ
01. それ行けベイビー!!
02. 君への手紙
03. 炎の聖歌隊[Choir(クワイア)]
04. 男達の挽歌(エレジー)
05. 本当は怖い愛とロマンス
06. 若い広場
07. 金目鯛の煮つけ
08. 新YOKOHAMA LADY BLUES~新・横浜レディ・ブルース~
09. エロスで殺して(ROCK ON)
10. さすらいのRIDER
11. 月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)
12. どん底のブルース
13. 東京
14. 鬼灯(ほおずき)
15. 遠い街角(The wanderin' street)
16. SMILE~晴れ渡る空のように~
17. Soulコブラツイスト~魂の悶絶
18. Yin Yang(イヤン)
19. 大河の一滴
20. スキップ・ビート(SKIPPED BEAT)
21. 悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)
En1. 明日へのマーチ
En2. 悲しきプロボウラー
En3. 愛の奇跡(ヒデとロザンナ)
En4. 波乗りジョニー
En5. 祭りのあと
コメント
コメント一覧 (5)
至福の時間でした。
いつも素敵なレポート読ませていただいてます。
これから楽しみにしてます。
よろしくお願いします。
コメントありがとうございます!
ホントに至福の空間、時間でしたね。